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坊がツルのマンサクが花期を終え、GWの新緑の森とヤマシャクヤクまではまだ期間があります。なんだか景色も今一歩で、少し引き気味になる時期です。徐々に暖かくなってきているので、のんびり山行して 周囲の景色を堪能するのも一興です。しかしながら午後から夕刻にかけて天気が崩れ雨の予報なので、悠長に構えているわけにもいきません。ひとまず軽く山行してから、長者原あたりでのんびりすることにして、 6時前に大曲から入山します。 日の出の時刻がずいぶん早くなりすでに5時30分過ぎにまで早まっています。登山道をゆっくり歩きつつ振り返ると、泉水山に徐々に朝日が当たり始めるようになってきます。すがもり越で小休止の後、 三俣山西峰に取り付き、まだ芽吹き前の灌木を縫って西峰から本峰へ向かいます。汗をかかないようにペースを落としていたこともあるのですが、大曲から入山しすがもり越経由で本峰到着まで2時間弱かかって しまいました。今は昔、1時間20分あれば十分に山頂に着いていた頃が懐かしくもあり、徐々に体力が衰えていくことを山行の度に実感することの悲しさや(苦笑)しかしながら、体力の続く限り細々と山行は 続けていきますので、末永くお付き合いいただければ幸いです。 実は還暦を過ぎた頃から急激に体力の衰えを実感するようになり、機材や装備だけでなく自身の軽量化も図りつつ山行を続けてきたのですが、いよいよ体力的に無理・・・となったときのために、一昨年から平成筑豊鉄道を撮り始めるという 新人撮り鉄の仲間入りをさせてもらいました。60年近く前の幼少の記憶でおぼろげですが、当時田川郡香春町の叔父・叔母の家へ行く途中で、ぼた山を目にした記憶があります。どこのぼた山だったかは分かりません。 昭和30年代後半には筑豊の炭鉱も閉山していますので、それ以前だったことはたしかです。 平成筑豊鉄道は、廃止が計画されていた旧国鉄伊田線・糸田線・田川線を引き継ぎ、福岡県および沿線自治体が出資して第三セクター方式の鉄道会社として営業しています。略称「へいちく」と呼ばれて親しまれています。 筑豊の炭鉱が次々に閉山し、石炭を満載した貨車を引っ張って走っていた鉄道も、今や1両編成のワンマンカーが田園風景の広がる筑豊路をのどかに走っている姿があまりにも素敵なんです。ところが、やはりというか当然というか、 経営状態は厳しく、2ヶ月前には平成筑豊鉄道の社長や出資してる福岡県や沿線市町村の関係者などから存続の協議が始まっており、来年度中には結論を出すという、急な展開になっています。 へいちくの今後についてはYouTubeなどにもTVニュースとして掲載されています。私はただの通りすがりの撮り鉄初心者ではありますが、 何とか九重連山をリタイヤした後の楽しみは残していただきたいというのが本音であります。そんなに都合良くは行きませんよね〜。そんなことで、3月の菜の花が咲き始める時から、4月の桜の季節にかけて、 初心者撮り鉄に徹していました。体力が低下して行く中、山行も急がないといけないような、はたまた今後の存続の見通しが不明なローカル鉄道も撮りたいような、焦りともつかない不思議な状態が続いているのであります。
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